レーシングドライバーとして活躍する一方、
自動車専門誌のインプレッションから、ドライビングインストラクター、
歴代F1マシンのデモ走行のドライバー、
さらにはレースオフィシャルとしての活動と、その活躍の場を広げていく桧井氏。
今回はレーシングドライバーだけではない
桧井氏の様々な活躍の場面からのお話しを伺った。

コース4周だけで。

 仕事としては専門誌のインプレッションも多く手掛けさせていただいています。特にフェラーリやランボルギーニなどを現地イタリアやヨーロッパで試乗することが多くなっていますね。中でも発売前のフェラーリだと本社のテストコースのフィオラノサーキットで試乗というケースがあるんです。その場合、試乗が許されるのはわずか4周だけだったりするんですよ。それでインプレッションをとるのは結構難しい。幸い僕の場合はコーンズさん(フェラーリの日本総代理店)のオフィシャルドライバーということで、フェラーリに乗る機会も多いし、フィオラノも沢山経験させていただいているんで、1周目から全開でインプレッションをとれるんです。雑誌社さんはそこが便利みたいでお呼びがかかるんですね(笑)。
 インプレッションではどんなクルマでも日常に使ってどうか、という視点からトータルなバランスを見ています。音の良さなど所有の喜びを感じる点からリラックスして乗れる乗り心地なども含めて、尖ったところだけを見るのではなく、オーナーが楽しめるかどうかという観点を大切にしています。記事を読んでその車を買ってくださる方も多くて「あの記事を読んで買いました」と言われるとうれしいですね。
 僕は運転することが好きなんで、高価なクルマに限らずどんなクルマでも運転してみたくなるんです。たまたま取材に来た人のクルマでも運転させてもらったりするんで、編集者からは“桧井さんの『運転させて攻撃』が始まった”なんてからかわれてます(笑)。

フェラーリ使いの証。

 僕とフェラーリの関係はフェラーリチャレンジに使う360モデナチャレンジというレース専用モデルの日本の各サーキットでの走行テストを担当したことから深まりました。フェラーリチャレンジは統一ルールのレースを世界中で行い、イタリアでファイナルが行われます。そこには世界中から腕に自身のあるオーナーやプロが集まり、賞金でなく純粋に名誉の為に戦い、時に死亡事故すら起こるくらいです。そこで勝てば世界で一番早いフェラーリ乗りになることができます。僕は'01年にフェラーリ・チャレンジ・オフィシャル・インストラクターとして国内の全戦に参加し、イタリアのモンツァサーキットで行われたファイナルでは360チャレンジのクラスでポール・トゥ・フィニッシュを飾ることができました。
 以来、フェラーリクラブ走行会のコーチをさせていただいたり、オーナーの個人レッスンをしたり、国内で行われるフェラーリのイベントには随分と関わらせていただいています。大きなイベントではデモ走行ドライバーとして歴代のフェラーリF1を走らせていますが一度もミスで壊したことがないというのが自慢ですね(笑)。一度でもオーバーレブでもしたら大変な壊れ方をしますし、とんでもなく高価な貴重な車ですから。
 日本にはF1がたくさんあるんですよ。フェラーリは412、シューマッハが開発に加わった310から399、2000、2001にも乗りました。他にはロータスJPS、ミナルディにも乗りましたが、特に気にいっているのは412で、'94年のクルマですがかなり完成されていますね。楽器のようなエンジン音がする12気筒最後のF1になりますが、乗っていて楽しいですね。


オフィシャルとして。

 今、レースのオフィシャル活動もしていて、岡山国際サーキットでは副競技長を勤めさせていただいています。オフィシャルとして最初にお手伝いしたのは、'94年に岡山国際サーキット(当時はTIサーキット英田)でF1が開催された時で、ドクターカーのドライバーとして参加し、翌年はセーフティーカーのドライバーとして参加しました。
 レース運営に欠かせないのがオフィシャルで、そのほとんどがボランティアの人たちなんです。オフィシャルにまわると、ドライバーとして走るだけでは見えなかったレース運営やボランティアの大切さ、安全面についても運営側からの視点で見えてくるんです。もちろん走れる間はレーシングドライバーとして活動をしていきますが、そんな経験からモータースポーツの発展を考える上で重要なこととして、オフィシャルの活動もしているわけです。ドライバーとしてレース中にフラッグが出た時、オフィシャルがどう判断するか予測できるというメリットもあるにはありますが(笑)。
 これからもさらにドライバーもチームもお客様もみんなが楽しめるレースの発展に、ドライバーとしてオフィシャルとして、少しでも役立っていきたいと思っています。


 
桧井 保孝(ひのい・やすたか)
1969年生 広島県出身

中学時代にはじめたカートレースからFJ優勝を経てF3でレーシングドライバーへ、マッハ号では三船剛の名で登録して活躍、スーパーGTのレギュラーほか2006年にチームJLOCでルマン24時間レースに参戦、取材ドライバー、レースオフィシャルに活躍の場を広げている。(株)ファースト レスポンダー代表取締役。
http://www.hobidas.com/blog/car-mag/lemans/
 
  フェラーリのイベントでFXXに乗り込む直前の桧井氏。今やフェラーリのイベントには欠かせないドライバーとなっている。FXXはエンツォ・フェラーリをベースにレース専用車として限られたオーナー対象に'05年世界29台のみ販売された。マシンと様々なアフターサポートのパッケージで総額150万ユーロ!。
 
 
 
 
 

4周だけと限られたフィオラノサーキットでの試乗でも、桧井氏は一周目から全開で走行ができる数少ないドライバー。
 
 
 
 
 
 

 
  '01年、フェラーリ・チャレンジ・オフィシャル・インストラクターとして360モデナチャレンジでフェラーリ・チャレンジに参戦。イタリアで開催されたファイナルではポール・トゥ・フィニッシュを飾る。まさに「日本一のフェラーリ使い」である。
 
 
 
 
 
 
  フェラーリのイベントで歴代フェラーリF1のデモ走行を担当。「F1に乗る体験は新車発表の度にF1の技術をフィードバックするフェラーリのインプレッションでも役に立っています」。F1を知っているからこそ、そこにどこまで近づいたのか乗ってすぐわかるという。
〈写真はフェラーリF2001のデモ走行とコクピット〉
 
 
 
  FISCOで行われるル・マン クラシックにもドライバーとして出場。当時のオリジナルシェルビーコブラ427のステアリングを握った。600馬力なのにタイヤも当時と同じ溝付きパターン。「昔の人はよくこんなマシンでレースをしたもんだなあと思いましたね(笑)。」
 

 

乗って楽しい車、
心に残る車をコンテンツとするクルマ雑誌“Tipo(ティーポ)”。
コンビニなどでも手にできる気安さと輸入車、国産車、新旧に関わらず
“今楽しいクルマ”をとりあげる内容は多くのクルマ好きから支持を受け、
販売部数は景気の好し悪しに関わらず安定しているという。
そして来年は創刊20周年を迎える。
創刊時からTipoに関わり、
現在二代目編集長としてTipoを率いる嶋田智之氏に伺った。


スーパーカーに乗るために。

 世代としては『サーキットの狼』で盛り上がった頃のスーパーカーブーマーど真ん中ですね。乗り物好きな子供でしたから、ブームの中で自然にスーパーカーに興味を持つようになったんですね。一番好きだったのは主人公の乗るロータスヨーロッパじゃなくて、ライバルの乗っていたポルシェ。ランボルギーニイオタにも憧れましたね。もちろんロータスヨーロッパも好きでしたけど、定番からちょっと外したところが好きだったのかもしれません(笑)。
 いつかスーパーカーに乗りたいと思って雑誌で値段を見ると、小遣いを何年ためてもとても買えそうもない(笑)。そこで考えて、これに乗るならこの本を作っている人になればいい、と気付いたのが小学校5年の時。それがクルマ雑誌の編集者を目指したキッカケですね。
 学生時代には他社のチューニング系自動車誌でバイトをはじめ、卒業の時にネコ・パブリッシングに入社しました。カーマガジン編集部に配属された後、Tipo創刊のときにこちらの編集部に移ってもう20年になりますね。子供の時の夢は叶ったわけです。実際、世界で数台のみ現存するといわれる幻のイオタのうち二台に乗ることができましたからね(笑)

定番にとらわれず。

 Tipoは乗って楽しい車、何か気持ちに感動を残してくれるクルマを中心に、輸入車、国産にとらわれず面白いと思うクルマを上から順番にとりあげて載せられる限り掲載しています。
 その中でTipoらしい編集として『定番と外し』(笑)という方針があります。意外性の面白さといいますか。例えば、7月号では時代が必要とする「エコ」を見つめて「エコドラ大決戦」という省燃費走行を楽しもうという企画をしています。車輌はシビック、プリウスなどですが、これだけでは当たり前。そこに『なんで?!』と思える12気筒640馬力のランボルギーニムルシエラゴも参加するのがTipo流。燃費がよさそうに思える車が順当な結果を出す中で、リッター2キロ位などと思われているランボルギーニがなんとリッター7.74キロをタタキ出す。それが面白いでしょう?。そのためにランボルギーニで高速道路を80キロ巡航するなんてTipoぐらいのものでしょう(笑)。
 たとえばポルシェでも憧れのナローじゃなくて手頃な930、男っぽい車だと思われるアルファロメオジュリアなら女性ドライバーを乗せてみる、というように定番を少し外すことで意外な車の楽しさも見えてくるんです。それは、固定概念にとらわれず、もっと色んな角度から見るとクルマの楽しさ、面白さを発見できるという提案なんですよ。
 もう一つ大切にしているのが、とにかく手に取って読んでみたくなるような記事の見出し。編集部内では「泣きのキャッチフレーズ一発」と呼んでいますが、ひとりでも多くの人に知ってもらうためにも読者の目を惹くキャッチフレーズには命を掛けてます(笑)。

クルマ好きを広げる。

 Tipoの読者は20〜30代が中心ですが、若い人たちのクルマの関わり方は僕らの頃とは違ってきていますね。僕は免許が取れる18歳になるのが待ちどおしかった世代。ライフスタイルの中心にクルマがあって、極端にいえばクルマや免許がなくてはコミュニケーションもとれなかった。高度成長時代で様々なクルマが出てくる一方、排ガス規制が加わり、輸入車が憧れだった中にRXー7やソアラの登場で日本車が再認識されたりと、自動車産業の浮き沈みを知っている世代のクルマ好きなんですね。
 今は携帯電話やインターネットの普及でクルマがなくてもコミュニケーションは取れるし自分のライフスタイルを確立できる。クルマも、あれば便利な道具の一つという感覚。環境が違うから、若者のクルマ離れも仕方ないんですが、そういう若者でも例えばフェラーリの隣に乗ったりすると急に興味を持ったりします。クルマがキライなのではなく、興味を持つ接点が薄い時代なんだと思うんです。
 クルマの楽しさを伝えたくても、雑誌は手に取ってもらえなければ伝えられない受動的な媒体です。そこを広げるためにイベントなどの開催も積極的にやっていきたいと思っています。イベントでは見たり聞いたり、運転したりと感覚的にわかるので、一度でも来れば興味を持つ人が広がると思うのです。インターネットの情報は便利ですが、本当に信じられるものは友人や知人からの口コミ。その機会を増やしてクルマの楽しさを伝え、若いクルマ好きを増やしていきたいですね。
 僕は今も生まれて初めてクラッチミートして車が動き出した瞬間の感動を覚えています。その感動やワクワクが自分のクルマ好きの原点だし、雑誌づくりのベースになっていて、それを伝えて行きたいと思っているんですよ。(以下次号)

 
嶋田 智之(しまだともゆき)
1964年生 埼玉県出身

1985年にネコ・パブリッシングに入社、カーマガジン編集部担当後、創刊されたTipoに異動、二代目編集長に就任してそろそろ10年。編集の傍らトークショーなどでも活躍。
Tipoホームページhttp://www.tipo-mag.com/
ブログ:編集部Tの新本日も場外乱闘
http://www.hobidas.com/blog/tipo/rantou/

 


クルマには眺める楽しみ、触れる楽しみなど様々にあるが、中でも操る楽しみが一番だという嶋田氏。「クルマは気持ちで乗るものですから、目的地を定めて乗るよりも『乗りたい時に乗る』。Tipoの中でもそんな気持ちを大切にしています」。
 
 
 
 
 
 

5月に静岡県の日本平で開催された、毎年恒例のスーパーセブンオーナーズクラブ主催の“SEVEN DAY”でトークショーに出演。嶋田氏自身もかつてセブンのレースに数年間参戦していた。「この時できた仲間はいろんな情報網になってくれて、Tipoを作っていく上で大いに助けていただきました。」
 
 
 
 
 

 
 

7月20日にTipoのお祭り『オーバーヒートミーティング』が岡山国際サーキットで開催される。「最初は読者サービスで始めたんですよ」というこのミーティングも今年で8回目。クルマ好きでない人も参加してクルマ好きになって欲しいという嶋田編集長の想いが詰まっている。
http://www.hobidas.com/auto/tohm/
  
 
 
 
 

 
  1989年6月創刊。「車を200%楽しむドラマチックカーマガジン」をキャッチフレーズに毎月6日、コンビニや書店で発売。
1989年の創刊号とTIPO2008年7月号(右)
 
 

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