大学生だった'87年のレースデビューから、N1耐久、目標だったグループA、 そして全日本GT選手権とトップカテゴリーでバトルを繰り広げ、 '01年に一線を退くまで15年を駆け抜けた女性ドライバー佐藤久実氏。 「自分の意志でここまで何か物事をやりたいと思ったことはなかった」と レースへの思いを振り返る。 女性だから注目されスポンサーを取りやすかった時もあれば、 逆に辛い思いをしたこともあった。 結果「レースの世界で女性であるということは プラス面とマイナス面をあわせて 差し引きゼロだったと思います」。
一年で握力が40キロに。 レーシングドライバーとして男女の差を意識したことはあまりないんですが、グループAのマシンに初めて乗った時だけは体力差を感じました。シティやミラージュはパワステがなくてもそんなに辛くなかったし、N1耐久のGTRはパワステもありましたから、体力的なことはそんなに感じなかったんです。ところがやっと目標のグループAに乗せてもらったらパワステもブレーキのマスターバックも無くて、全ての操作に力がいるんです。本物のレーシングカーって言う感じで、腕も足もパンパンになる。タイヤの摩耗を確認するロングランテストで走る時間も長くなって、“チェッカーを出すまで戻るな”とか言われて延々走り続けなきゃいけない。疲れてタイムが落ちてくるとピットインのサインが出て、戻ると監督が鬼のように立ってるのが恐くて、恐くて(笑)。だから最初の頃、決勝の時にはもうヘロヘロになってましたね(笑)。 おかげで、25キロしかなかった握力が一年間で40キロになり、腕まわりも5センチくらい太くなりました。その後、年々進歩するマシンに合わせてさらに体力が必要なGTまで乗り続 けられたのも、それがあったからですね。
ニュル24時間。 グループAのカテゴリーは参戦2年目の'93年で無くなりショックでした。ちょうどバブル崩壊の時期ということもあって'94年は他の国内戦にも参戦できなかったんです。その代わり、初めてニュルブルクリンクの24時間耐久に参戦するチャンスが手に入ったんですよ。 地元チームのゲストドライバーとしての参戦で、国内の一人旅もしたことないのにいきなり海外(笑)。24時間の耐久も初めて。最初はとても嬉しかったんですが、行ってみたら一周約25キロのとんでもなくリスキーなコースに、クルマはハンドルが重いグループAシビック。そのうえ妙に燃費が良くて休む間もない。もう本当にキツくて泣きながら走りましたよ(笑)。当時はドライバー3人で3時間ずつ。私はサードドライバーだから1、2、3の順で2スティントだと思っていたら『ゲストにフィニュッシュドライバーをプレゼントしよう』って。「ありがとう〜」って言いながら“3スティント?”って引きつってましたよ(笑)。 でも3本目、最終スティントを走っていたらラスト50分を残してエンジントラブルで走れなくなり、私のフィニッシュはなくなったんです。そしたら『せめて、完走をプレゼントする』って残り20数分の時にファーストドライバーが乗り込み、隣のピットでリタイヤしていたマシンにバンパー・トゥー・バンパーで押して貰って最後の一周を走りきり、チェッカーを受けたんです。もちろん本来は失格になるんですけれど、観客は盛り上がって凄い拍手の嵐。みんなの大声援の中、本当に感動的なゴールでした。ニュルは昨年も亡くなったドライバーがいる位にリスキーなんです。みんな競争相手なんだけど、過酷なレースを戦っている者同志の連帯感があって、お互いに凄く和気あいあいとしているんですよ。本当に真剣なレースをやりながら、楽しむところは楽しんでいる。そこにレースの文化を感じます。 ここ数年錆落としもかねてニュルに参戦してますけど、現地に行くと毎回“なんでわざわざこんな辛い思いをしに来るんだろう”って思うんですけど、日本に帰ってくるとやっぱり“また来年も!”ってなるんですね(笑)。 沢山の失敗経験も役立てて。 私がレースを続けてこれたのは、本気で好きだったし負けず嫌いっていうのもありましたが、ワンメイクからグループAまで、各段階で一つひとつ上のカテゴリーに必要な事を経験させてもらいながらステップアップできたことが大きかったと思います。 そうした中で得てきた物を皆さんに役立てていただければ、という思いでインストラクターをやっています。サーキットに来た方が『ヒール&トウができた!』と喜んでくださったりするのが私にとっての喜びですよね。失敗も沢山経験してますから(笑)普段の安全運転のために『こんな操作をすると、こんな風になっちゃうよ』っていうことも伝えてます。特に一般の女性ドライバーは“機械を操作する”という時点で苦手意識を持たれている方が多いみたいですね。だから、運転中は自分のクルマだけに意識が行き、目線も一方向しか見ていないことが多いんです。大切なのは状況判断と周りとのコミュニケーション能力なんです。そんなことも伝えていきたいなと思います。 女性で免許をとりながら“車庫入れができないから、クルマで出かけられない”なんていう話しを聞いたことがあります。でも、それじゃもったいないですよね。クルマはただの機械じゃなくて愛すべきパートナーなんですよ。だから、クルマとうまくつき合っていただけるよう、もっともっと多くの皆さんと出会って、いろんなことを伝えていきたいと思っています。
'モータージャーナリストとしてAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)の副会長を務める一方、多くのドライビングスクールのインストラクターとしても活躍する菰田潔氏。 レーシングドライバー、タイヤのテストドライバーなどの豊富な経験に裏打ちされた 理論的なドライビングテクニックから「プロフェッサーこもだ」として 多くの受講生から慕われている。 去る10月14日、AJAJ主催による「母と子の楽ラク運転講習会」が 東京プリンスホテルの駐車場で開催された。 菰田氏はAJAJ会長の日下部保雄氏、 理事の萩原秀輝氏とともに中心メンバーとして企画・運営に携わる。 今回はその会場に菰田氏を訪ねた。 運転に興味がない人にも。
このイベントはAJAJの安全部会が音頭をとり、メンバーがインストラクターになって“みんなボランティアで1年に1回社会貢献をしよう”という活動で、今年で8回目になります。受講される参加者も無料。これを支えて下さっているのがブリヂストンさんをはじめ、車メーカーさんやスポンサーになってくれている様々な企業さんです。メンバーがみんなで『広報車も出して』『人も出して』『プレゼント品も』って圧力というか、立場を利用してっていうか、お願いして協力をいただいています(笑)。 いろんなドライビングスクールがありますけど、参加者はほとんど男性でクルマ好き、運転好きな人。そういう人向けのスクールはたくさんあるわけですが、安全にクルマを使ってもらうには“運転に興味がない”という人達にこそスキルアップしてもらうことが必要なんです。それを我々がやらなければいけないんじゃないか、というのがイベントの発端です。まず、運転に興味がない人やドライビングスクールに行こうと思わない人に来てもらいましょうと考えた時に“お母さん”というキーワードが出てきたんです。お母さんは子育てに忙しくて運転に興味を持てない。“自分ではとばさないからいいわよ”って思っていても、その運転が本当に正しい運転なのか、いざという時に事故を回避できるか、急ブレーキをかけられるか、というように見た時に危ないわけですよ。
子どものうちから。 もう一つは次の世代。やっぱり交通安全の要になるのは子どもだから、シートベルトをする、チャイルドシートに座る、というように車の基本的な乗り方を子どものうちから躾けてもらおうということ。そうすれば車の免許をとった時にも、シートベルトを自然にするようになるんじゃないかという狙いで「母と子の楽ラク運転講習会」というイベントにしたんですよ。もちろん、お父さんも来たいという要望もあるし、こちらも家族で来てほしいわけなんです。家族で体験すれば「じゃあみんなで一緒にシートベルトしようね」と家族全員がシートベルトをするんです。だから“お父さんもご一緒に”っていうサブタイトルがついているんです。 講習の最初に教えるのはドライビングポジションですが、それがちゃんとしていないと車庫入れも上手く出来ないし、一般道も上手く走れないし、サーキットを走りたい人もまず、そこからトレーニングをするんです。“腰をシートに密着させる”“フットレストをいっぱいに踏んだ時、膝がしっかり曲がっている”“ハンドルを12時の位置で握った時に軽くひじが曲がっている”“シートの高さを合わせてアイポイントを決める”“ヘッドレストを耳の位置にあわせる”と、そこが基本なんですが、運転に慣れてくるとだんだん忘れてしまう。それをもう1回見直すという意味でもお父さんもご一緒にって誘って、レクチャーを聞いてもらいたいんですね。
後部座席もシートベルト。 次に重要なのは後部席も含めて全員がシートベルトをする、ということ。そうすれば、いざという時に急ブレーキをかけても何ともないわけです。シートベルトしていないと後部席の人が気になって急ブレーキをかけられず、ぶつかってしまうこともありますから。日本ではまだまだ後部席の人がシートベルトをするのは少ないですね。 僕はタクシーに乗ってもシートベルトをするんですけど、タクシードライバーはプロなのに「お客さんしなくていいですよ」ってわざわざ振り向いて言うんです、9割くらい。運転手からすると、お客さんが面倒臭いだろうみたいなところもあるし、バックルが出ていると「邪魔だ」とお客に怒られるからバックル引っ込めちゃう。客もいけないんだけど、運転手もいけない。海外はほとんどの国が後部席のシートベルト未着用にも罰則があるんです。だから、後ろの席でシートベルトをしやすいような環境を作るためには法制化は必要だと思うんですね。 今回のイベントでは約40家族、120名くらいの参加をいただきました。普段できない急ブレーキ体験なども含めて、安全運転や運転に対する認識を高めていただけたと思います。日本は残念ながら、プロといわれる人も含めて、まだまだドライバーの安全運転に対する意識が低いといわざるを得ません。“上手い運転とは何か”という、ドライバー自身の意識を高めていかなければならないですね。(以下次号)